地域の歴史を探る会「本光寺」

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前へ 實如上人(蓮如上人の息子)真筆の御文(おふみ)

(五帖の九・後半)「たすけたまへと、一向にたのみたてまつるこゝろなるべし。このゆへに、衆生をもらさず、弥陀如来の、よくしろしめして、たすけましますこゝろなり。これによりて、南無とたのむ衆生を、阿弥陀仏の、たすけまします道理なるがゆへに、南無阿弥陀仏の六字のすがたは、すなはち、われら一切後生の、平等にたすかりつるすがたなりと、しらるゝなり。されば他力の信心をうるといふも、これしかしながら南無阿弥陀仏の六字のこゝろなり。このゆへに、一切の聖教といふも、たゞ南無阿弥陀仏の六字を信ぜしめんがためなりといふこゝろなりと、おもふべきものなり。あなかしこあなかしこ

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